「あら、そうだったわね。あれを忘れてたわ。いいわ、おじさま、喜んで出席します」
 というわけで、淡いクリーム色のビロードのドレスをきて、燃えるような赤い物業二按巻毛に宝石をちりばめた花冠をかぶったセ?ネドラは、その夜夫であるリヴァの王の腕によりそって舞踏室に入場した。肩のあたりがいかにも窮屈そうな借り物の青い上着をきたガリオンは、すべての催しにはなはだ熱意のないようすで臨んだ。一国を代表する賓客として、かれは大舞踏室の接見の場に一時間余りも立っていなければならず、ホービテ家、ヴォードゥ家、ラニテ家、そしてボルーン家――と、ち――の冗談に空疎な受け答えをつぶやかねばならなかった。しかし、ホネス一族は見あたらず、その欠席がかえって人目をひいた。
 その延々とつづく儀式が終わりに近づいたころ、ラヴェンダー色の錦織のあでやかなドレスを着たジャヴェリンの蜂蜜色の髪の姪、リセル辺境伯令嬢が、カルドン王子と連れだってやってきた。「大丈夫ですわ、陛下」膝をまげて挨拶しながら、リセルはささやきかけた。「こんなお祭り騒ぎ、永遠につづきっこありませんもの――見た目にはそうでなくても」
「ありがとう、リセル」ガリオンは熱のない口調で答えた。
 接見の列がやっとのことで最後尾に達したあと、ガリ公屋貸款オンは礼儀正しく客たちのあいだをまわり、果てしなく繰り返される意見――「トル?ホネスでは雪はふらないはずなんですよ」――に辛抱強く耐えた。
 蝋燭に照らされた舞踏室のずっと向こう端ではアレンドの楽団が、西方のすべての王国になじみ深いお祝いの歌をつぎつぎに演奏していた。リュートやヴィオラ、ハーブ、フルート、オーボエの奏でる歌は、皇帝の賓客たちのおしゃべりにかき消されて、聞き取れない背景音になっていた。
「今宵はマダム?アルディマを雇って、われわれを楽しませてもらう予定だったのだよ」ヴァラナがホービテ一族の小さな輪にむかって言っていた。「彼女の歌が祝祭のハイライトになるはずだったのだ。あいにく天候が悪くなって、マダムは家から出るのをやめてしまった。なにしろ、喉の保護にかけてはたいそう慎重な人だからな」
「それでよかったのよ」ガリオンのすぐうしろに立っているラニテ家の婦人が連れにささやいた。「だいたい、それほどいい声じゃないし、年も年ですもの――ちかごろじゃ、アルディマは居酒屋で歌っているそうよ、まちがいないわ」
「歌がないと、どうもエラスタイドらしくない」ヴァラナがつづけた。「ひとつここにおいでの美しいご婦人がたのひとりに一曲か二曲、歌っていただこう」
 皇帝の提案にひとりのがっしりしたボルーン家の中年婦人が即座に反応して、オーケストラに加わり、高音域が苦しげにかすれるソプラノで声をふるわせながら、おなじみの歌を歌った。婦人が歌い終えて、顔を真っ赤にし、喘ぎながら立ち尽くすと、皇帝の客たちはその金切り声に丁重な拍手で答えたが、それも五秒とつづかず、ふたたびいつ果てるとも知れぬおしゃべりがはじまった。
 やがて、楽団はあるアレンドの曲を演奏しはじ雀巢奶粉めた。いつごろのものかもわからないほど古い古い歌だった。アレンドの多くの歌がそうであるように、それもメランコリックな短調ではじまり、リュートが複雑な音を矢継ぎ早やに奏でた。深い音色のヴィオラが主施律にはいったとき、豊かなコントラルトの声がくわわった。会話がしだいに小さくなっていき、声に圧倒されて、賓客のおしゃべりがばたりとやんだ。ガリオンはびっくりした。オーケストラからそう遠くないところにリセル辺境伯令嬢が立って、頭を毅然と起こして歌っている。すばらしい声だ。暗くスリリングでいながら、蜂蜜のようになめらかな音質をしている。そのみごとな声にたいする深い尊敬の念から、客たちはリセルからあとずさり、彼女は蝋燭にてらされた金色の輪の中にまったく一人で立っていた。そのとき、ガリオンを仰天させることが起きた。セ?ネドラがその蝋燭の光の中へ踏み込んで、ラヴェンダー色の服をきたドラスニアの娘の横に並んだのだ。小柄なリヴァの女王は悲しげな小さな顔をあげて、辺境伯令嬢とともに歌いだした。彼女の澄んだ声は安々とフルートの調べに合わせて高くなっていった。その音色と音質があまりにも似通っていたので、声と楽器を聞き分けるのがむずかしいほどだった。だが、セ?ネドラの歌声には悲嘆の情がこめられていた。ガリオンは喉にかたまりがこみあげてくるのをおぼえ、目頭が熱くなった。周囲のお祭り騒ぎにもかかわらず、あきらかにセ?ネドラはいまも心の奥深く苦悩を抱きつづけているのだ。陽気な娯楽も彼女の苦しみを軽くすることはできなかった。
 歌が終わったとき、われんばかりの拍手がわきおこった。「もっと!」客たちは叫んだ。「もっと!」
 楽団は大喝采に気をよくして、ふたたび同じ昔の曲を演奏しはじめた。もう一度リュートが波立つ滝のように心の奥を吐露したが、今度はヴィオラがリセルを主施律へいざなったとき、みっつめの声がくわわった――だれが歌っているのか見るまでもなくガリオンのよく知っている声だった。
 銀糸でふちどりした深い青のドレスを着たポルガラが、リセルとセ?ネドラと一緒に蝋燭の光の輪の中に立っていた。彼女の声は辺境伯令嬢の声のように豊かでなめらかだったが、セ?ネドラの声をもしのぐ悲しみに色どられていた――失われて二度と戻らない場所への悲しみ。やがてフルートがセ?ネドラをともなって高音域へ達すると、ポルガラの声も同じように高くなった。こうして作り出されたハーモニーは西方のすべての王国になじみ深い伝統的な歌ではなかった。アレンドの楽団員たちは目をうるませてこのふしぎな古い和音を奏で、何千年も聞かれたことのなかったメロディーを再演した。
 そのみごとな歌の最後の音が薄れたとき、あたりは畏怖に満ちた静けさに包まれた。しばらくたって、客たちが――その多くが人目もはばからずに泣いていたが――はじかれたように拍手喝采を送ったとき、ポルガラはだまってふたりの若い女性を連れて金色の光の輪から出てきた。
 ベルガラスは雪のように白いトルネドラのマントをきて、いつになく堂々と見えたが、酒をなみなみと注いだ銀の酒杯を持ってポルガラをとおせんぼしたとき、その目は謎めいていた。
「どう、おとうさん?」ポルガラはたずねた。
 かれは無言で娘の額にくちづけ、酒杯を渡した。「すばらしかったよ、ポル。しかし、遠い昔に滅んだものをどうしてよみがえらせる?」
 ポルガラは誇らしげにあごをつきだした。「ボー?ワキューンの思い出はわたしが生きているかぎり消えないのよ、おとうさん。あの都市は永遠にわたしの心に刻み込まれているの。かつては気品と勇気と美にあふれた輝かしい都市が存在したことを、人々にひんぱんに思い出させたいのよ。いまわたしたちの生きているこの世俗的世界が、それをどんどん記憶のかなたへやってしまっていることをね」
「しかしおまえにとってはずいぶんつらいことだろうが、ポルガラ?」ベルガラスは重々しくたずねた。
「ええ、そうよ、おとうさん――言葉では言いあらわせないほどつらいわ――でも、つらいことには慣れているの、だから……」かすかに肩をすくめると、ポルガラは威厳のある足取りで舞踏室から出ていった。
 宴会のあと、ガリオンとセ?ネドラは舞踏室の床を数周した。本当にそうしたかったわけではなく、体裁上そうしたまでのことだった。
「レディ?ポルガラはワサイト?アレンド人のことでどうしてあんなに感情的になるの?」踊りながら、セ?ネドラはたずねた。
「若かったとき、長いことボー?ワキューンに住んでいたんだよ」ガリオンは答えた。「その都市を心から愛していたんだろうな――そしてそこにいた人々を」
「彼女があの歌を歌ったとき、わたし、心臓がはりさけるんじゃないかと思ったわ」
「ぼくもさ」ガリオンは静かに言った。「ポルおばさんはそうとう苦しい思いをしてきた人だけど、ボー?ワキューンの崩壊ほど彼女を傷つけた事件はなかったんだ。アストゥリア人が都市を破壊したとき、助けにこなかったおじいさんをいまだにうらんでいる」
 セ?ネドラはためいきをついた。「世のなかは悲しいことだらけね」
「希望だってあるさ」
「でも、ほんのちょっとよ」セ?ネドラはまたためいきをついた。次の瞬間、いたずらっぽい微笑が口もとにうかんだ。「あの歌にはここにいる女たちはぐうの音も出なかったわね」彼女はほくそえんだ。「いいきみ」
「人前でにやにやするなよ、ラヴ」ガリオンはやさしくセ?ネドラを叱った。「この場にあまりふさわしくないぞ」
「ヴァラナおじさまはわたしのこと、栄えある賓客のひとりだって言わなかった?」
「うん――まあ」
「じゃ、これはわたしのパーティも同じよ」彼女は頭をそらした。「だからにやにやしたいときは、にやにやするわ」
 ヴァラナが用意してくれた部屋へみんなでひきあげてみると、シルクが暖炉のそばに立って両手を暖めながら待っていた。悪臭を放つ屑かなにかが、体中についており、その顔には、それとわからぬほどのかすかな不安が浮かんでいる。「ヴァラナはどこだい?」かれらが蝋燭に照らされた居間にはいっていくと、シルクは緊張ぎみにたずねた。
「下の舞踏室で来客をもてなしている」ガリオンは言った。
「なにをしてらしたの、ケルダー王子?」いやな臭いのする服に顔をしかめながら、セ?ネドラがきいた。
「隠れていたんだ。残飯の山の下に。おれたちはトル?ホネスを出たほうがよさそうだ――それも急いで」
 ベルガラスの目が細まった。「どういうことだ、シルク? この二日間、どこにいた?」
「あちこちに」シルクははぐらかした。「体をきれいにしてきたほうがよさそうですね」
「おじいさんはホネス一族に何が起きているか、知らないんだね?」ガリオンが言った。
「何事だ?」とベルガラス。

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