「ううん――別に」ガリオンは認めた。「だけど――」その問題に関する気持を言葉であらわすことができず、かれは言いよどんだ。「なにがなんだかさっぱりわからないや」ガリオンは中途半端にしめくくった。
「そのうちすべてが明らかになる」シルクが断言し、かれらは宴会場に足をふみいれた。
 宴会場は謁見の間とほとんど同じくらい広かった。上質のリテー優思明ブルがあり、やはりそこらじゅうにろうそくが輝いていた。椅子一脚のうしろに召使いがひとり控え、小さな冠を危っかしく頭にのせたにこやかな顔立ちの、ぽっちゃりした小柄な女が一切をとりしきっていた。かれらが全員はいっていくと、彼女は急いで進みでてきた。
「なつかしいポル、とてもお元気そうね」彼女はポルおばさんを暖かく抱擁し、二人はにぎやかにしゃべりだした。
「ライラ妃だ」シルクがガリオンに短く説明した。「センダリアの母と呼ばれている。向こうにいるのが四人の子供たちだ。あとまだ四、五人いる――もっと年長だからたぶん政務でここにはいないんだろう。子供といえども食いぶちは自分で稼がせるとフルラクが主張しているからさ。他の王たちのあいだでは、ライラ妃は十四のときから妊娠しっぱなしだというのが一流のジョークになっているんだが、それというのも、赤ん坊が生まれるたびに値のはる贈り物をしなけりゃならないからなんだ。だが彼女はやっぱり女性だよ。フルラク王がやたらとヘマをしでかさないようにちゃんと気をつけている」
「彼女はポルおばさんを知っているんだね」その事実はなぜかガリオンを困惑させた。
「ポルおばさんを知らない人間はいないさ」シルクは言った。
 ポルおばさんと王妃はおしゃべりに熱中して、すでに優悅 避孕テーブルの上座のほうへ歩いていってしまったので、ガリオンはシルクのそばにくっついていた。〝ぼくがまちがいをしないように注意してよ?かれは目立たないように指を動かした。


 シルクはウィンクで答えた。
 かれら全員がいったん席につき、食べ物が運ばれはじめると、ガリオンの緊張はゆるみだした。かれはシルクを見習ってさえいればよく、複雑で固苦しい上品な食事作法にも、もはやびくびくしないですんだ。周囲の会話は威厳たっぷりで、ぜんぜん理解できなかったが、だれも自分には注意を向けそうもないから、おとなしくして、皿から目をあげなければ、たぶん困ったことにもならないだろうと判断した。
 ところが、みごとにカールした銀色のひげをたくわ優思明えた年配の貴族が、ガリオンをのぞきこみ、ややへりくだった口調で話しかけてきた。「旅をしてきたばかりだそうだが、この王国はいかがかな、お若いの?」
 ガリオンは途方にくれて、テーブルの向かい側にいるシルクを見た。〝なんて言おう??と指でジェスチャーした。
〝今のところ、期待以上でも以下でもないと言ってやれ?シルクは答えた。
 ガリオンは忠実にそれをくり返した。
「ほう」老貴族は言った。「大体わしの予想していたとおりだ。そんなに若いのに、きみは大変観察眼が鋭いな。若い人と話すのは楽しくていい。じつに考え方が新鮮だ」
〝この人だれ??ガリオンはジェスチャーをした。
〝セリネ伯爵だ?とシルク。〝退屈なじいさんだが、丁重に接しろ。閣下と呼びかけるんだ?「道はどうだったね?」伯爵が訊いた。
「多少ぬかるんでいました、閣下」シルクにうながされて、ガリオンは答えた。「しかし、この季節ならそれが普通でしょう?」
「いかにも」伯爵は相槌をうった。「きみはまことに利発な少年だ」
 奇妙な三者間の会話はその後もつづき、シルクから与えられる意見が老紳士を感嘆させるにつれて、ガリオン自身おもしろくなりだした。
 やっと宴会が終わり、王がテーブルの上座の席から立ちあがった。「では、親愛なる友人諸君」王は声をはりあげた。「ライラ妃とわたしはこれから高貴な客人たちと個人的な話をしたいので、失礼する」かれはポルおばさんに腕をかし、ミスター?ウルフはぽっちゃりした小柄な王妃に腕をさしだして、四人は宴会場の向こうのドアのほうへ歩きさった。
 セリネ伯爵はガリオンににっこり笑いかけてから、テーブルの向かい側に目をやってシルクに言った。
「楽しいおしゃべりだったよ、ケルダー王子。たしかにわたしはあんたの言うとおり、退屈なじいさんだが、ときにはそれで得をすることもある、そう思わんかね?」
 シルクは悲しげに笑った。「あなたみたいな古ギツネが謎言葉に堪能だということぐらい気づいているべきでしたよ、閣下」
「過ぎさりし若さの遺産だよ」伯爵は笑った。
「あんたの生徒はずんぶんうまいが、アクセントが妙だな、ケルダー王子」
「かれが修業していたあいだは寒かったんです、閣下。だから指がちょっとかじかんでいたんですよ、暇になったら、その点は矯正するつもりです」
 老貴族はシルクを出し抜いたことにいたく満足の体だった。「すばらしい少年だ」とガリオンの肩をたたき、ひとりでくすくす笑いながら立ちさった。
「はじめから伯爵が気づいているのを知っていたんだね」ガリオンはシルクを非難した。
「もちろんさ。ドラスニア情報部はわれわれの謎言葉の達人をもれなく把握している。慎重に選んだメッセージを傍受させるのが役立つ場合もあるんだ。しかし、セリネ伯爵を甘くみるなよ。かれがずる賢さの点でわたしといい勝負ということもないじゃない。それにしてもあの喜びようを見たかい」
「ずるくしなけりゃなにもできないの?」ガリオンはむくれて訊いた。冗談のダシにされたからだった。
「必ずしもそうでなけりゃならないなんてことはないさ、ガリオン」シルクは笑った。「わたしみたいな人間は――その必要がないときでも、たえず嘘をついている。われわれの命はいかに抜け目がないか、それ次第ということもある。だからいつも冴えた頭でいなけりゃならないんだ」
「生きるにはきっとさびしい方法だね」内なる声の無言の催促にあって、ガリオンはすばやく言った。「人を本当に信用したことないんでしょう?」
「まあそうだ。それはわれわれのやるゲームなんだ、ガリオン。われわれはみんなそれの名人なんだ――少なくとも長生きする気ならな。われわれは全員お互いを知っている。ごく少人数の同業者仲間だからだ。報いは大きいが、ややもすると、われわれは互いを打ち負かす喜びのためだけにゲームをしてしまう。だがきみの言うとおりだ、たしかにそれはさびしいし、不快なこともある――しかしたいがいはすばらしくおもしろいんだよ」
 ニルデン侯爵が近づいてきて、丁重に一礼した。「お二人とも陛下がおいでくださるようにとの仰せでございます。お友だちのみなさんは陛下の私室にすでに行っておいでです、ケルダー王子。よろしければ、どうぞこちらへ」
「行きましょう」シルクは言った。「おいで、ガリオン」
 王の私室は主宮殿の飾りたてた広間よりずっと簡素だった。フルラク王は冠も堂々たる長衣も脱いでごくあたりまえの恰好をしており、そこらにいるセンダー人とちっとも変わらなかった。かれはバラクと静かに立ち話をしていた。ライラ妃とポルおばさんは長椅子に坐って、熱心に話しこんでおり、ダーニクはそこからほど遠からぬところで、なるべく目立たぬように苦心していた。ミスター?ウルフはひとりで窓のそばに立っていたが、その顔は雷雲のようにくもっていた。
「ああ、ケルダー王子」王は言った。「きみとガリオンはだれかにつかまったのかと思っていたよ」
「セリネ伯爵の質問をうまくかわしていたんですよ、陛下」シルクはあっさり言った。「むろん象徴的な意味ですが」
「かれには気をつけろ」王は警告した。「きみの数ある才能のひとつですら、あの男のずる賢さにはかなわないということも大いにありうるぞ」
「あの悪党のじいさんにはじゅうぶん敬意を払っていますよ」シルクは笑った。

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